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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)154号 判決

原告

山野秀俊

被告

由良均

主文

一  被告は原告に対し金六七〇万五、八二九円およびこれに対する昭和四八年六月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し金七〇〇万円およびこれに対する昭和四八年六月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和四八年六月一三日午前八時一〇分頃

(二)  場所 東京都世田谷区弦巻四丁目一七番二号先路上

(三)  事故車 普通貨物自動車(品川四ろ七五九二号)

右運転者 被告

(四)  態様 前記場所を横断中の原告に加害車が衝突した。

二  責任原因

被告は加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基いて本件事故により原告が受けた後記損害を賠償する義務がある。

三  損害

(一)  原告は本件事故により頭部・顔面打撲割創、左足轢過挫滅骨折の傷害を受け、昭和四八年六月一三日から同年八月三一日まで八〇日間菊地外科病院に入院し、さらに同年九月一日から翌四九年二月二日までの間に六三回右病院に通院して治療を受けたが、左足の左第一趾を併せ二趾以上の用を廃し、左足背部に表面の二分の一にわたるケロイド瘢痕を残し疼痛、知覚異常等の頑固な神経症状を残す等の後遺障害を残し、右後遺障害については自賠責保険の査定において後遺障害等級八級に該当する旨認定されている。

(二)  右受傷による損害の数額は次のとおりである。

1 治療費 一〇五万〇、五六〇円

2 入院雑費 三万二、〇〇〇円

前記入院期間中一日当り四〇〇円、合計三万二、〇〇〇円の雑費を支出した。

3 入院付添費 一六万円

前記入院期間中原告の父母が原告に付添つて看護に当つたので、一日当り二、〇〇〇円、合計一六万円相当の損害を蒙つた。

4 通院付添費 六万三、〇〇〇円

原告は小児であつたため通院の際は付添の必要があり、前記通院の際原告の父母が付添つたので、通院実日数一日につき一、〇〇〇円、合計六万三、〇〇〇円相当の損害を蒙つた。

5 逸失利益 一、〇六〇万九、七〇八円

原告は事故当時満六才の健康な男子であるから、満一八才から満六七才までの四九年間稼動し得るものと予想されるところ、前記後遺症のために労働能力を四五パーセント喪失した。ところで、昭和四八年度賃金センサス第一巻第二表によると、男子労働者学歴計の平均月収は一〇万七、五〇〇円、平均の年間賞与等は三三万九、二〇〇円であるところ、男子労働者の平均賃金は昭和四九年度には少くとも三〇パーセント、昭和五〇年度には少くとも一〇パーセントは上昇しているので、これを基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の労働能力喪失による逸失利益の現価を計算すると別紙計算書(1)記載のとおり一、〇六〇万九、七〇八円となる。

6 慰藉料 三五〇万円

原告の前記受傷内容、治療経過、後遺症の内容ならびに将来の形成手術の必要性(右形成手術は皮膚のケロイド、疼痛等の治療のために行うもので、手術によつても形態や機能にはほとんど改善は見込めない。)を勘案すると、原告の本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料としては三五〇万円が相当である。

四  損害の填補

原告は自賠責保険から治療費として五〇万円、後遺症補償として一六八万円、合計二一八万円を受領した。

五  結論

よつて、原告は被告に対し、前記三の損害額合計一、五四一万五、二六八円から四の填補額二一八万円を控除した残額一、三二三万五、二六八円の内金七〇〇万円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年六月一四日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の認否

一  請求原因第一項(一)ないし(三)は認めるが、(四)は争う。

二  同第二項は認める。

三  同第三項(一)および(二)の(1)は認めるが、(二)の(2)ないし(5)は争う。

特に逸失利益については、原告は本件事故当時満六才の児童であるから、本件程度の後遺障害があるとしても、将来事務労働ないし頭脳労働につくことにより一般に比して何等の減収をきたさないで済む可能性があり、今後の教育等によつてはこれを実現し得る余地も十分にあるはずである。原告が将来後遺障害のために何等かの不利益を受けることは否定し得ないとしても、これは余りにも将来のことであり、しかも余りにも不確定の要素をはらんでいるので、将来の減収額を把握することは不可能であり、逆に前記のように減収をきたさない可能性もあるのであるから、本件後遺障害によつて原告が蒙るかも知れない将来の不利益は慰藉料額を定める際の斟酌事由たるにとどまり、逸失利益として請求することはできないというべきである。

四  同第四項は認める。

第四被告の抗弁

一  本件事故現場は、弦巻五丁目と環状七号線を結ぶ車道幅員七メートル、その両側に各二・四メートルの歩道の設けられた歩車道の区別のある道路であり、最高速度は四〇キロメートルに規制されていた。被告は事故車を運転し、時速三〇キロメートルの速度で弦巻五丁目方面から環状七号線方面へ向けて進行し本件事故現場に差しかかつた際、右斜め前方一九・四メートルの右側歩道上の歩車道境界線から約七〇センチさがつたところに原告が佇立しているのを確認したが、そのとき原告には全く道路横断の気配は見られなかつたので、原告の動静に留意しつつそのままの速度で進行していたところ、原告との間隔が約一〇・六メートル接近したとき、今まで佇立状態にあつた原告が突然駈足で横断を開始し歩車道境界線上まで進出してきたので、直ちに急制動をかけるとともにハンドルを左にきつて衝突を避けようとしたけれども、原告はそのまま走つてきて停車寸前の事故車の右側ドア前部に自ら衝突し、その際事故車の右前輪が原告の左足を轢過してしまつたものである。

本件事故発生の状況は以上のとおりであつて、原告は歩車道境界線より内側に佇立していたのであり、また、原告が横断を開始したとしても駈け出しさえしなければ接触の危険もなかつたのであるから被告には時速三〇キロメートルからさらに減速すべき義務はなく、前方注視義務ならびに事故回避措置にも欠けるところはなかつたので、本件事故発生につき何ら過失はなく、本件事故は左方の安全を確認することなく事故車の制動距離の範囲内にとび出した原告の一方的過失によつて発生したものであり、事故車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつた。

二  かりに、被告に過失があつたとしても、原告には前記のとおりの過失があるから、損害賠償額の算定に当つては右過失を斟酌すべきである。

第五抗弁に対する原告の認否

いずれも否認する。

第六証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第一項の事実は事故の態様を除いて当事者間に争いがなく、本件事故の態様は後記認定のとおりである。

二  責任原因および免責の抗弁に対する判断

(一)  請求原因第二項の事実は当事者間に争いがないから、被告は免責の抗弁が認められない限り、本件事故によつて原告が受けた人的損害を賠償する責任がある。

(二)  成立に争いのない乙第一号証、甲第一号証ならびに被告および原告法定代理人山野長次の各尋問結果を総合すると、

1  本件事故現場は市街地内をほぼ東西に通ずる車道幅員七メートル、その両側に各二・四メートルの歩道のあるアスフアルト舗装の道路で、車両の最高速度は四〇キロメートルに規制されており、また、現場付近の見とおしは良好であること。

2  被告は事故車を運転し時速約三〇キロメートルの速度で右道路を東進して本件事故現場付近に差しかかり、事故現場の手前約二〇メートルの地点に達したとき進路前方右側の歩道上の歩車道境界線より約〇・七メートルさがつた地点付近に原告が東の方を向いて佇立しているのに気がついたが、原告が顔だけでなく身体ごと東を向いていたので横断することはないものと考え警笛を鳴らして警告することもなくそのままの速度で進行していたところ、折から対向車線を西進してきた対向車のかげにかくれて一瞬原告の姿が見えなくなり、右対向車が通過した直後、原告が歩車道境界線付近に移動し横断のため路上にとび出そうとしているのを発見し、直ちにハンドルを左にきりながら急制動の措置をとつたが間に合わず、駈け足で横断中の原告に事故車右側ドア付近を衝突させ、同時に事故車右前輪で原告の左足を轢過したこと(事故車は運転席ドアのすぐ下に前車輪があるキヤブオーバー型普通貨物自動車である。)。

3  事故当時、原告はランドセルを背負い、片手に上履袋、片手に傘を持つて登校する途中であり、また、原告は当時二ケ月程前に小学校に入学したばかりで、小学一年生としても身長は低い方であつたこと。

以上の事実が認められ、被告および原告法定代理人の尋問結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によると、本件事故発生については、原告にも左方の安全確認を怠つたまま駈け足で横断した過失があることは明らかであるが、被告は一見していまだ十分な判断能力を備えていない児童であることの明らかな原告が前方約二〇メートルの歩道上に佇立して対向車線を進行してくる自動車の方を向いているのを認めたのであるから、対向車の通過後、原告が自車の進行に気がつかないまま横断を開始することもあることを予想し、臨機の措置がとれるように減速するか、警笛を鳴らして自車の進行を警告したうえ進行すべきであり、これらの措置をとらないまま漫然進行した被告にも過失があるといわざるを得ない。

そうとすると、被告の免責の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  損害

請求原因第三項(一)の事実は当事者間に争いがないので、右事実を前提に以下損害の数額について判断する。

(一)  治療費 一〇五万〇、五六〇円

原告の本件受傷による治療費として一〇五万〇、五六〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(二)  入院雑費 三万二、〇〇〇円

前記争いのない原告の傷害の部位、程度、入院期間(八〇日)からすると、入院期間一日につき四〇〇円、合計三万二、〇〇〇円を下らない雑費を要したものと推認される。

(三)  付添費 二二万三、〇〇〇円

原告の傷害の部位、程度、後記原告の年令および弁論の全趣旨を総合すると、原告は前記争いのない入院期間中および通院(六三回)の際には近親者の付添を要し、右入院期間中および通院に際しては原告の母または父が付添つたことが認められるので、入院一日につき二、〇〇〇円、通院一回につき一、〇〇〇円の割合による付添費相当の損害を蒙つたものと認められる。

(四)  後遺症による逸失利益 四三四万八、三五七円

前記争いのない原告の後遺症の部位、程度、前顕甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証および原告法定代理人の尋問結果を総合すると、原告は本件事故当時満六才、小学校一年の男子であつたが、右後遺症のためゆつくり歩けば小学校への通学程度の距離(約一キロメートル)は人目につくほどの跛行をすることもなく歩行することができるが、長距離の歩行は左足に疼痛が生じて不可能であり、また左足の踏み締めが不十分なため狭い足場等での歩行や作業は危険で原告にとつて一番身近な職業である建築大工(原告の父の職業)になることは事実上不可能となる等成人した後も右後遺症によつて労働能力に制限を受けることが認められるところ、労働省労働基準局長通達による労働能力喪失率、原告が将来につく職業によつては後遺症による影響が比較的軽微な場合もあり得ること、および原告が成育するまでに受けるであろう種々な教育訓練や身体の適応性等を併せ考えると、原告の労働能力喪失の割合は二〇パーセントとし、その状況が稼動期間である一八才から六七才まで継続するものと認めるのが相当である。そして、昭和四九年度賃金センサス第一巻第一表によると全産業の男子労働者の平均給与月額は一三万三、四〇〇円、年間の賞与その他の特別給与額は四四万五、九〇〇円であるところ、昭和五〇年度における賃金上昇率が五パーセントを下らないことは公知の事実であるから、右数値を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時における原告の逸失利益の現価を計算すると別紙計算書(2)記載のとおり四三四万八、三五七円となる。

なお、被告は、原告はいまだ年少の児童であり原告の後遺症による減収額を把握することは余りにも不確定の要素が多く不可能なので、本件後遺症によつて原告が受けるかも知れない将来の不利益は慰藉料を定める際の斟酌事由たるにとどまり逸失利益としては認められるべきではないと主張するが、交通事故の被害者が後遺症のために労働能力の低下をきたしている場合、その労働能力低下による財産的損害を認定するためには被害者がその後遺症がなかつたならば得たであろう収入と、後遺症のために減少した収入の差額を確定することは必ずしも必要ではなく(現実の収入差額に拘泥すると怠け者に多額の逸失利益を認め、勤勉な者に認めないという不当な結果にもなりかねない。)、労働能力の低下自体を損害として認め、その金銭的評価に当つては、後遺症の部位、程度、職業、年令、性別、後遺症による影響の少い職種への転職の可能性、事故前後の稼働状況、収入(未就労の場合は統計上の平均賃金)等を総合し、もしこれらに不確定の要素がある場合はこれを考慮した控え目な額として認定するのが相当であり、本件についても右事由により前記のとおり評価するのが相当である。

(五)  慰藉料 四八〇万円

前記争いのない原告の傷害の部位、程度、後遺症の内容、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛は四八〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

四  過失相殺

本件事故発生については、原告にも前認定のとおり左方の安全を確認をしないで駈け足横断をした過失があるので、右原告の過失を斟酌して前記損害額合計一、〇四五万三、九一七円から一割五分を減じた八八八万五、八二九円をもつて賠償を求め得べき額とするのが相当である。

五  損害の填補

原告が自賠責保険から治療費として五〇万円、後遺症補償として一六八万円、合計二一八万円を受領したことは当事者間に争いがない。

六  結論

そうすると、原告の本訴請求は、被告に対し六七〇万五、八二九円およびこれに対する本件事故発生の後である昭和四八年六月一四日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

計算書

(1) (107,500円×12+339,200円)×130/100×110/100×(18.98-8.86)=10,609,708円

(2) (133,400円×12+445,900円)×1.05×0.2×(18.9802-8.8632)=4,348,357円

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